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あの日の沖縄

1978年7月30日  7・30(ななさんまる)交通方法変更

 1978年(昭和53)7月30日、沖縄の交通方法が変更されました。沖縄の交通方法は、米国施政権下から33年にわたって米国式の車両右側走行でしたが、日本復帰から6年後、他都道府県と同じ左側走行となりました。この交通方法変更は、実施日にちなんで「ななさんまる」と呼ばれました。沖縄県は住民生活の負担と混乱を防ぐため、準備に追われました。

質問答弁集 1978年 第05回定例会 一般 (1978年)【沖縄県総務財政課文書 P00019335B】
 7月29日午前10時、全県車両止め・駐車禁止の特別交通規制を告げるサイレンの合図とともに「人は右、車は左」の通行区分の切替え作業が開始され、翌30日午前6時に作業が完了しました。変更直後の混乱の中、交通事故が相次ぎ、那覇など都市地区では交通マヒが続きました。

交通方法変更を予告する日本本土観光客向けの看板(1978年)

「交通方法変更対策関連ノート」(1977年)【平良幸市文書 0000061624】
 平良知事は、交通方法変更と予算折衝のため上京中、脳血栓で倒れ、同年11月、任期半ばで辞職しました。