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沖縄県文書

注目資料  沖縄国際海洋博覧会協力局文書

【文書群解説】

沖縄の日本復帰を見越して、「海洋」をテーマとする国際博覧会を沖縄で開催しようという気運が高まりました。日琉の財界人で構成する「沖縄経済振興懇談会」は、1970年(昭和45)3月20日、沖縄への海洋博誘致を積極的に推進すると発表しました。

同年8月15日、琉球政府も日本政府に対して沖縄開催を正式に要請し、1971年(昭和46)10月22日、日本政府は海洋博実現に向けて国際的手続きを進める旨を閣議了解し、国際博覧会事務局(BIE)との折衝に入りました。

1972年(昭和47)5月25日、BIE理事会は、沖縄国際海洋博覧会(以下「海洋博」という。)開催を正式に承認し、3年余の準備期間を経て、海洋博は1975年(昭和50)7月19日から翌年1月18日まで、沖縄本島北部の本部半島を会場に行われました。

日本政府は海洋博の準備をBIEへの申請手続きと平行して進め、琉球政府も1971年(昭和46)11月24日に、行政主席を本部長とする「沖縄国際海洋博覧会推進本部」(以下「推進本部」という。)と、推進本部の事務を処理する「沖縄国際海洋博覧会準備室」(以下「準備室」という。)を設置して、取り組みを強化しました。

日本復帰後、準備室の業務は「沖縄国際海洋博覧会協力局」(以下「協力局」という。)に引き継がれ、総務課(庶務係・経理係・渉外記録係・用地管理係)、県民運動課(県民運動係・広報係)、計画調整室の3課体制で業務を進めました。

海洋博終了後の残務処理が終わり、1976年(昭和51)5月4日に推進本部が廃止となった後、協力局文書は文書学事課の文書保存管理室に引き継がれ、1996(平成8)7月4日に公文書館に引渡されました。

この文書群は、琉球政府と沖縄県が国際博覧会の開催地として準備運営にあたった業務記録です。

協力局文書の主なシリーズ、サブシリーズには、以下のものがあります。

  • ・ 海洋博推進本部関係 (61冊)
  • ・ 補償契約関係(41冊)
  • ・ 請願・陳情関係(24冊)
  • ・ 本部海洋開発協会関係(21冊)
  • ・ 海洋博跡利用関係(11冊)
  • ・ 海洋博県出展関係(11冊)
【作成期間】 1970年~1976年
【公開年月】 1998年(平成10)
【主 言 語】 日本語
【数   量】 全182簿冊

【資料サンプル】

「請願・陳情関係 海洋博 1970年01月~1971年03月」より
目次資料コードP00013041B

1970年、沖縄での海洋博開催推進の動向を受けて、市町村は誘致に向けて動き出しました。さまざまな団体からの要請文書がファイルされています。筆頭の宮古振興期成会は、琉球政府に対して、沖縄経済振興懇談会の声明に先がけて海洋博宮古島誘致を陳情しました。


「海洋博会場用地選定関係」より 会場選定の基準地域別比較表 1972.1.23
資料コードP00013030B

推進本部は、会場の候補地を3地区に絞り込みました(本部半島、残波岬、糸満地区)。これらの地区の自然的条件、用地確保の条件、運送上の条件、将来の寄与に関する条件、社会的条件などを比較検討した結果、本部半島が有力であるという結論を出しました。琉球政府は、これに基づき、本部半島周辺を開催地とすることを日本政府に進達しました。

「補償契約関係 備瀬の墓調査書 No.01 No.02」 より
資料コードP00013079B

  会場用地の取得は協力局の所掌事務でした。会場予定用地にある墓の立退きや移転についても、補償費用の算定のため、一基ずつ内訳書を作成しました。1972年(昭和47)8月12日現在、本部町備瀬区だけで392基が補償の対象とされ、それぞれ伐採・整地・横穴掘方・堀土処理・入口石積・運搬などに要する費用が計算され、墓の構造図も添付されています。

「海洋博推進本部関係 推進本部資料 推進本部会議 別添資料 第09回~第10回 昭和49~50年度」より
海洋博影響調査の概要 企画調整室 昭和49年9月19日
資料コードP00013114B

琉球政府の企画調整室は、海洋博が本県の経済・社会・文化に与える影響の大きさを考慮し、民間研究機関に調査を委託して、その結果に基づいて海洋博準備の施策を進める方針を立てていました。

調査報告では、海洋博の積極的意義として「風土的立地適性」や、社会的メリット、経済的メリットが挙げられました。社会的メリットとは、「県民の民族としての一体感の切実さを表明するものである。又、本土からいえば、海洋博による広い関心と交流を通じて、長い沖縄の歴史的特質と、戦后の日米関係の現実を認識する貴重な体験を提供する」点、経済的メリットは「基地経済に制約されてきた県民にとって、正に、そのカベを破って、新しい戦後を開拓する」点にあるとしています。

問題点として、大規模プロジェクト方式による自然・環境破壊、地場産業(特に農業、中小零細商工業)への影響、文化的摩擦などを指摘しました。さらに、海洋博のための社会基盤整備を担う立場となった地方の行財政の混乱も問題視し、「経済開発による短期的な効果や、国際目的の華やかさを追うよりも、実態に即した特別な対策と復帰措置としての経過期間が必要であった」としています。

【沖縄県公文書館における分類】 沖縄県公文書館資料/沖縄県文書/沖縄国際海洋博覧会協力局文書
【資料種別】 文書・図面
【利用または複写条件】 一部制限あり
【検索ツール】 沖縄県公文書館資料検索ARCHAS21
【関連資料群】 ・(財)海洋博覧会記念公園管理財団文書
・ 沖縄県公文書館資料/ 沖縄県文書/ 企画開発に関する部課の文書/ 企画調整室/ 企画室/沖縄国際海洋博覧会の跡利用問題対策に関すること
【原本/複製】 原本
【参考文献】 沖縄国際海洋博覧会公式記録(総合編) 昭和51年7月20日 財団法人沖縄国際海洋博覧会協会発行