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琉球政府文書

政党に関する書類(3)那覇市長問題をめぐって

総務局総務課「政党に関する書類」から、1957年の那覇市長問題をめぐる資料をご紹介します。

195612月、沖縄人民党の瀬長亀次郎が那覇市長に当選すると、USCARは那覇市に対して補助金を打ち切るなど、瀬長市政への強圧的な干渉を行いました。19576月、那覇市議会は解散し、同年8月には市議会議員選挙が行われることになりました。

こうした事態に対し、瀬長市長に反対の立場をとる保守系議員らは那覇市政再建同盟を結成し、瀬長市長追放のための組織強化をはかりました。一方、人民党議員や社会大衆党那覇支部は瀬長支持のもとに民主主義擁護連絡協議会(以下、民連と略記)を結成しました。

 

那覇市政再建同盟

政党に関する書類 1957年」(資料コード:R00000465B)から、まずは、瀬長市長に反対の立場をとる那覇市政再建同盟(1957年7月結成)に関する資料を見てみましょう。次に示すのは那覇市政再建同盟の規約です。

 「那覇市政再建同盟規約」

ここでは、「瀬長市長不信任の完遂」「那覇市政における私党的派閥の解消」「人民党との対決」といった文言が掲げられており、瀬長市長との対決姿勢が鮮明に打ち出されています。

また、1957年7月3日の那覇市政再建同盟結成大会にて採択された宣言では、瀬長市長の退陣が訴えられています。

 「宣言」 

 

民主主義擁護連絡協議会(民連)

次に政党に関する書類 1958年 結党届9-1」(資料コード: R00000462Bから、瀬長市長を支持する立場の民連に関する資料を見てみましょう。次に示す資料は、1958年2月に琉球政府行政主席宛に提出された民連の結成届です。

 「民主主義擁護連絡協議会結成届」(1958211日)  

民連の結成年月日は1957年12月12日と記載されており、那覇市長を追われた瀬長亀次郎が議長となっています。

 

役員名簿には議長である瀬長のほか、浦崎康華、大湾喜三郎、兼次佐一、崎山善達、宮良寛才、仲松庸全、新垣善春、島袋嘉順、又吉一郎らの名が見られます。

  「民主主義擁護連絡協議会役員名」 

 

また、会則には「原水爆基地化に反対」「祖国復帰の実現」「四原則貫徹」「軍事優先政策に反対」「市長追放布令の撤廃」などのスローガンが掲げられています。

  「民主主義擁護連絡協議会会則」

 

なお、那覇市政再建同盟や民連のような、「党」という名称を持たない組織に関する資料が「政党に関する書類」に含まれているのは、軍政府特別布告第23号「政党について」(1947年10月15日公布)が、「『政党』とは、候補者の当選に影響を及ぼす或は及ぼさんとする目的を以つて寄附を受け又は費用を支出する委員会、組合又は団体を含む」と広く定義しているためであると考えられます。