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琉球政府文書

毒ガス撤去に関する書類 (3) 琉米合同レッドハット公安委員会議事録

総務局 毒ガス撤去対策本部の「毒ガス撤去に関する書類」から、琉米合同レッドハット公安委員会の議事録を紹介します。

現存する同委員会の議事録は、第1回、第3回~第10回のものです。議事録はすべて和文で読むことができ、第1回、第5回、第7回については、英文のものも添付されています。これらの議事録からは、移送コースの選定、周辺住民への補償問題などをめぐる、琉球政府と米国側とのやり取りを見ることができます。

 

委員会の目的と権限

第2次毒ガス移送に向けて、琉球政府と米国側との間で、琉米合同レッドハット公安委員会が発足しました。

第1回委員会は1971年4月7日に開かれ、この日の会議では、委員会の目的と権限について、「第2次毒ガス撤去の安全分野を討議」すること、「高等弁務官及び行政主席に対し適切な勧告をなすこと」と定められました。

 『毒ガス関係 印刷物』(R00004838B) 

 

移送コースの選定

第1回委員会では、複数の移送コースの視察、事故の際の住民避難なども議題となっています。

議事録の終盤では、「コース決定が最大重要事項」であるとする米軍人の発言が記録されており、第1次毒ガス撤去の移送コースを引き合いに出しながら、「最初のコースの使用を要求してでも撤去を開始するよう米国政府に依る大きな圧力が加えられるであろうことを全委員会メンバーに喚起した」と続いています。

第1回委員会の議事録は、『毒ガス関係 印刷物』(R00004838B)に収められています。

なお、第1次毒ガス撤去の移送コースは、外務省が作成した「沖縄の毒ガス撤去(米側説明等)」(『雑書綴』R00004791B)の「略図1」に見ることができます。

 

移送コースについては、1971年5月7日に行われた第5回委員会でも取り上げられました。

この会議では、琉球政府が策定した移送コースにUSCAR高等弁務官が同意したと記録されています。

米軍基地内を通るこの移送コースについて、会議に出席した米軍人は、コースの建設に2ヶ月を要するとし、「天候に依る影響がなければ」と前置きしたうえで、「最初の移送は7月上旬となる見込み」であり、船舶の積み出しは「7月及び8月の期間中に達成される」と発言しています。

また、この議事録には、琉球政府が新聞報道に対して苦慮している様子も見て取れます。「新聞に報道される不利な噂」を防止するためであるとして、会議に出席した琉球政府の職員は、毒ガス移送に関する報道を取り扱う機関が米軍に設置されているかどうか質問しています。毒ガス移送に関する公式発表は、琉球政府及び米軍を通じて報道されることが決定されたと記録されています。

『毒ガス撤去に関する資料綴』(R00004739B)

なお、琉球政府が策定した移送コースは、毒ガスについて 24の質問に答える』(R00004756B)「第2次毒ガス移送経路図」に見ることができます。

 

周辺住民への補償問題

1971年5月14日に行われた第6回委員会では、移送コースの周辺住民への補償問題が取り上げられました。

琉球政府は、補償問題の責任を米国に求め、「米国が爆弾を持ち込み、現在、撤去する準備をしているのだから、住民が蒙る如何なる損害も補償され、米国はこの補償の責任を取るべきだと村民は考えている」と発言しています。

一方の米軍側は、「当地域が可能的危険性にさらされる時間は僅かな時間であるので、小さな事故の場合、事前避難又は集団避難は必要でないことを地域住民に納得させることは合同委員会の責任であると考える」、「委員会がこの問題について住民を説得することが出来ない場合、当委員会のメンバーとしてでなく、科学者の1人として、その目標の主要部分に多分失敗したことになる」と回答しています。

この回答に対して、琉球政府は、「事前避難が必要でないと云う先入観で合同委員会が設置されたのではない」、「これが実状であれば、いっそ、合同委員会を中止する」と、強い態度をあらわにし、ほかの米軍関係者からなだめられる一幕も記録されています。

続く第7回委員会でも補償問題が取り上げられました。

「補償問題は住民説得の重要ポイントであり、琉球政府が同問題への満足な回答を〔住民に〕提供しない限り今後の〔住民との〕話合は続行することは難しい」との、琉球政府の発言が見られます。

『毒ガス関係 印刷物』(R00004838B)