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「沖縄観光のあゆみ」Web展示①

 所蔵資料展「沖縄観光のあゆみ」の展示資料をご紹介していきます。
 新型コロナウイルス感染拡大防止のため、当館は臨時休館となっておりますので、
 しばらくの間、HPで展示をお楽しみください。

■戦前の沖縄観光

 1870年代の「琉球処分」により, 沖縄は日本国の一部となり, 人や物の往来が盛んになりました。1884年(明治17)、大阪商船が大阪—那覇を10日で結ぶ木造船を月1回就航するようになり、1924年(大正13)には、3泊4日の直通航路を開始して、 3~4000トン級の大型船が月に5往復するようになりました。1937年(昭和12)から新造船の波上丸・浮島丸が2泊3日で神戸—那覇の運航を開始しました。就航記念の遊覧ツアーとして企画した「沖縄視察団」は、 その後も回を重ね、沖縄観光を促進しました。
 しかし沖縄県庁は、 観光プロモーションに積極的ではなかったようです。当時の沖縄経済の中心はあくまでも、サトウキビを中心とする農業にありました。土産物のような観光商品の開発にしても民間業者が主導し、 観光客の需要に政策的な対応はあまり見られません。
 沖縄での観光の行動や感想は、旅行者たちが著した紀行文にみることができます。波上宮、 識名園、 辻、 糸満町、 首里城、 円覚寺、 泡盛醸造場、 桃原農園、 普天間宮、中城城、 万座毛などが主な観光スポットで、 空手演武や古典芸能鑑賞、 闘牛見物も楽しむのが一般的だったようです。

P1 首里城正殿

P2 崇元寺石門

1  琉球新誌 巻上
琉球藩設置の翌年に刊行された。新たに日本の版図となった琉球への関心が感じられる。

 

 

2  日本名勝地誌 第拾壱編 琉球之部 
グラビアに多数の風景・人物写真。先島も含めて160以上の名所旧跡名産を紹介し、歴史の叙述も丁寧である。

 

3  海 第20号
船旅の魅力を伝える大阪商船の広報紙。

 

4  沖縄へ 大阪商船
航路案内の冒頭に「昔ながらの質朴な人情と、奇妙な風俗、外国語のような言葉と、南国特有の燃ゆる情熱が旅人を待ちもうけています」とある。

6  旧都名勝旧蹟案内 沖縄県首里市
口絵に首里城や園比屋武御嶽、円覚寺等を掲載し、本文で首里市内38か所の名所旧跡の位置や由来を解説。

 

番号 展示資料件名 資料年代 出処情報

閲覧用資料
コード等

■戦前の沖縄観光
P1   首里城正殿 1936年10月 河村只雄資料 5-47-05
P2 崇元寺石門  1936年10月27日 河村只雄資料  5-47-07
P3   識名園 沖縄女性と農林省南西諸島鉱物資料調査団副団長・小林純(左から2番目)ら  1939年 小林純資料  A-22-05
1 琉球新誌 巻上下 1873年刊 大槻文彦 著  0000065055
2 日本名勝地誌 第拾壱編 琉球之部 1901年12月9日刊 田山録彌(花袋)著/博文館(東京) T00008868B
3 海 第20号 1929年8月刊 大阪商船(株) T00005166B
4 沖縄へ 大阪商船 1936年5月 大阪商船(株) T00016083B
5 最新沖縄縣/沖縄縣地圖 1937年 駸々堂書店(大阪) T00021602B
6 旧都名勝旧蹟案内 沖縄県首里市 1939年8月15日刊 首里市庁 T00015816B
7 明治・大正期の沖縄の絵葉書より   坂元商店 T00022294B
7-1 014 琉球首里 円覚寺      
7-2 039 那覇物産陳列館      
7-3 065 那覇反布市場      
7-4 081 糸満白銀堂      
7-5 086 普天間宮      
7-6 093 中城城跡