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あの日の沖縄

1954年9月1日 首里市と小禄村が那覇市に編入合併

 この日、首里市・小禄村が那覇市と編入合併しました。 1954年(昭和29)当時の那覇市は4.4平方キロメートルの市域に人口6万2千人という過密な状態にありました。那覇市は大那覇市建設構想をうちだして、那覇市・首里市・真和志村(1953年10月に真和志市に昇格)・小禄村からの各5名の代表で構成する二市二村合併研究会を設置し、合併に向けて協議を進めました。さらに、1953年(昭和28)に有識者と市議会議員からなる大那覇市建設諮詢委員会を設置しました。真和志市との折衝が難航し、1954年(昭和29)9月1日の合併は那覇市・首里市・小禄村の二市一村で行われました。
 1956年(昭和31)、立法院で「首都建設法」が制定され、那覇は沖縄の首都として整備されることになり、これを受けて1957年(昭和32)11月28日には真和志市、那覇市の両市議会で、合併が可決されました。那覇市は同年12月17日に真和志市を編入合併して人口18万6000人余の都市となり、大那覇市建設の基盤を築きました。

市町村合併に関する書類 首里市・小禄村・那覇市(1954年 琉球政府内政局行政課) 【R00002623B】
 沖縄の国際的な首都建設に向けて首里市と小禄村が那覇市に編入合併するとの記録があります。真和志市長が対等の合併を求める回答をした文書も綴られています。タイトルをクリックするとデジタル画像で全文を見ることができます。

『那覇・真和志合併祝賀行列 他』 (1957年~1958年  名幸芳章撮影)【0000096717】
第73代波之上護国寺住職 名幸芳章氏が撮影した動画です。
【参考引用文献】
・那覇市企画部市史編集室『那覇百年のあゆみ 激動の記録 琉球処分から交通方法変更まで 琉球処分百年記念出版写真集』(1980年 那覇市企画部)【G00015825B】