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あの日の沖縄

1963年8月17日 みどり丸沈没事件

 この日の午後0時5分頃、お盆休みの帰省客などを乗せて那覇市泊港から久米島に向けて出航した定期貨客船「みどり丸」が、泊港外の北西方10キロにある環礁(俗称チービシ)の神山島付近で沈没しました。228人の乗船者中、死者86人、行方不明者26人の犠牲者が出て、沖縄海難史上最大の事故となりました。
 遭難現場は三角波の荒い難所で、さらに当時の海上は宮古近海を北上した熱帯低気圧の影響で波が高くなっていました。みどり丸は大事をとってチービシ東側に航路を変えましたが、横波を受けた船体が傾いて浸水、救命ボートを用意する間もなく、10分後に沈没しました。SOSの発信もできなかったため、那覇に事故の第一報が入ったのは沈没の5時間後で、犠牲者を増やす結果となりました。 
 琉球政府は、遭難者に「災害救助法」を適用し、大田政作行政主席を本部長とする救助本部を厚生局に設置しました。米軍の航空機、ヘリ、タグボートが捜索にあたり、遭難者の救助と遺体の収容が行われました。 
みどり丸遭難者遺体引揚 神山島付近 1963年 8月19日【0000108722/003034】
「泊港北岸に集まった人々」 1963年8月19日【0000108910/055766】
 ラジオで事故を知った家族や関係者など多くの人々が泊港に集まりました。

【参考引用文献】

・「旅客定期航路事業現況、みどり丸遭難事故について、みどり丸関係資料」(琉球政府建設運輸局海運課 1967年)【R00070013B】
・馬場俊光「みどり丸沈没事件」『沖縄大百科事典 下巻』(1983年 沖縄タイムス社)【T00000201B】