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あの日の沖縄

1948年8月6日 伊江島米軍弾薬輸送船爆発事故

 1948年(昭和23)8月6日、伊江島で死者107名、負傷者70人*という沖縄の米軍関係では戦後最大となる事故が発生しました。(*数値は当時の米国事故調査報告書より)

 米軍が沖縄戦時の不発弾や未使用爆弾を船に積み込み、島外に運び出す作業をしていた際に、荷崩れを起こし弾薬が爆発しました。夕方5時過ぎに起きた事故は、ちょうどその時間帯に地元の連絡船が入港して波止場が出迎えなど多くの人でごった返していたこともあり、多数の死傷者を出しました。

 当館では、米国国立公文書館から収集した伊江島米軍弾薬輸送船爆発事故に関する資料などを閲覧することができます。
この中に含まれる「米軍事故調査委員会報告書」には、発生直後の現場写真・スケッチ、関係者証言記録など、これまで明らかになっていなかった事故の経緯を示す貴重な記録が含まれています。また、窃盗事件、火災など米軍施設内で起きた事件・事故に関する調査委員会関係資料も綴られています。

 爆心地から30~35メートル離れた地点に散乱する遺体を前にする地元民。X印が爆心地、XX印が爆発した輸送船の残骸

 爆心地から360メートルの地点まで吹き飛んだ輸送船の残骸

 事故現場から約90メートル離れたところにある破壊された家屋の様子。450メートル後方に部分的に破壊されたコンセットハウスが見える。

 被害現場付近の見取り図

 弾薬輸送船のスケッチ。5インチロケット砲弾約5,000発(125トン)が爆発

 
「伊江島米軍弾薬輸送船爆発事故関係資料 その1」より抜粋【0000080102】