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琉球政府文書

群島政府と琉球臨時中央政府

琉球政府以前の行政組織の資料から、沖縄群島政府の資料を紹介します。

群島政府と琉球臨時中央政府は、同時期に並行して設立されたこともあり、それぞれの間で行政上の齟齬が生じていました。

「知事会協議事項について」(1951年6月21日)によると、群島政府と琉球臨時中央政府との間の運営上の「不便な問題」を解消すべく、1951年6月26日の四群島知事会議では「全琉総合的な政府」を指向していたことが見て取れます。

その理由として、以下の点が挙げられています。

 

臨時中央政府においても、群島政府においても、住民の要望に沿って政治力を充分に発揮し得ないこと

臨時中央政府の主管事務と群島政府の主管事務との権限の区分けが不明確か、あるいは重複するおそれがあり、事務も煩雑化し、住民に二重の負担をかけること

群島政府における自立経済計画や公営事業計画などに対し、群島政府は貿易や金融関係事務ができないので施策が困難であること

税金を有機的に有効に住民に還元するには、行政機構の統一を図るべきである

地域の小さい琉球においては、多くの行政機関を置かず、一つの統合行政府と市町村自治団体との直結が望ましい

沖縄群島当時の書類綴 1951年 資料コード: R00000452B 73頁

このほか、資料には米軍側が発布した米国民政府布告第3号「臨時中央政府の設立」と、軍政府布令第22号「群島政府機構に関する法」との区分の不明確さについても言及されています。