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沖縄関連資料

湧川清栄文書

 ハワイ移民1世。1908年(明治41)、今帰仁村に生まれ、1920年(大正9)、12歳のとき、兄の呼び寄せでハワイに渡りました。ハワイ大学、東京大学で学んだ後、日布時事(現布哇タイムス)、ハワイ報知で記者として勤務、その後ハワイタイムス編集局長、日本総領事館顧問を務めました。またシカゴ大学やハーバード大学で教鞭をとるなど、教育者としても活躍しました。
 ハワイ沖縄県人会設立への取り組みや沖縄救済厚生会幹事として、対米国政府交渉を展開するなど、郷土への思いを実行に移してきました。
 また、琉球政府への(琉球)大学設立の提言や沖縄の学生の留学推進など、教育にも力を注ぎました。
 1947年(昭和22)に発表した論文「日本の小作制度」が、占領軍総司令官マッカーサーの目にとまり、米国による戦後日本の農地改革に大きな役割を果たしました。
 氏が所蔵していた資料は、1991年(平成3)に氏が亡くなられた後、2003年(平成15)、夫人の勢津子さんにより当館に寄贈されました。