沖縄県公文書館 > 公文書館通信 > あの日の沖縄

公文書館通信

あの日の沖縄

no image
 2000(平成12)年7月21日、名護市部瀬名(ぶせな)の万国津梁館で九州・沖縄サミット首脳会合が開幕し、23日まで3日間にわたって開催されました。
もっと見る
 1975年(昭和50)7月20日、沖縄島北部にある本部町で「海-その望ましい未来」をテーマに沖縄国際海洋博覧会が開幕しました(開会式は7月19日)。1976年(昭和51)1月18日までの会期中、350万人が来場しました。
もっと見る
 1954年(昭和29)7月4日、香港籍のローヤル・トレーディング・シンディケイト株式会社(以下「ローヤル・トレーディング」)が、コザ市(現・沖縄市)で商業施設「プラザハウス」を設立しました。在沖米軍やそ...
もっと見る
no image
 事故の報を受けた屋良は那覇から石川へかけつけ、教育の場である学校が阿鼻叫喚の地獄と化した惨状を目の当たりにして、「これも基地なればこそ起こる事だ」と深い嘆きを日誌に記しました 。
もっと見る
 1959年(昭和34)6月30日、石川市(現うるま市石川)の宮森小学校とその付近の民家に米軍ジェット機が墜落炎上しました。その被害は、死者17名(うち児童11名)、負傷者210名(うち児童156名)、住家17棟、公民...
もっと見る
 當山久三のあっせんで1899年(明治32)12月5日にハワイ移民を送り出して以降、沖縄は日本国内でも有数の移民送出県となりましたが、第二次世界大戦を境に移民は途絶えました。  戦後の移民は、1948年(昭和23...
もっと見る