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公文書館通信

あの日の沖縄

 1952(昭和27)年4月28日、「対日平和条約」が発効しました。この条約は、1951(昭和26)年9月8日、サンフランシスコ会議において日本と連合国48カ国によって調印されました。対日平和条約と同時に、日本国...
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 米国は沖縄を統治している間、さまざまな住民緩和策を行いました。そのひとつが「琉米親善事業」で、沖縄の恒久基地化、長期保有が定まった1950年代からは政策的かつ組織的に推進していきました
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 1970年(昭和45)12月20 日午前6時頃、東京に滞在中の屋良朝苗行政主席のもとに、コザ市(現沖縄市)で「軍と民衆集団大衝突」が起こっていると報告する電話が入りました。屋良主席は、就任後初の海外視察とし...
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 1999年(平成11)9月24日、第6回沖縄県議会(定例会)が開催され、議会運営委員会の申し合わせにより、初めて県議会でのかりゆしウェア着用が認められました。
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 旧暦の三月上旬、沖縄本島中南部を中心に祖先供養のまつりが盛大に行われます。シーミー(清明祭)といわれる行事です。那覇市首里近辺ではウシーミー(御清明)とも呼ばれています。
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 1947年(昭和22)9月19日、宮内府御用掛寺崎秀成は対日理事会議長兼連合国最高司令部外交局長ウィリアム・ジョセフ・シーボルトを訪問し、米国による沖縄の軍事占領に関する天皇の見解を伝えました。
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